主に、人間の心に潜む様々な感情や弱さを、架空の虫の形に起こして制作している。
人の感情や弱さは虫のようだ。嫉妬心や寂しさはいつもどこからともなくやってきて人の心に寄生し棲み付き、気付いた時には増殖し、内側から人を喰い、操る。
また、普段はじっと心の奥底に身を潜めていても、ふとした瞬間に、まるで蛹から羽化するように表に現れ、その翅を広げるのだ。しかし、一つ一つの感情や弱さを様々な角度から観察したり、触れてみると、それぞれの持つ面白さや魅力などに気付くことが出来る。
一見、ネガティブであるとされ、良くないものとして捉えられがちな種類の感情も、よく観察してみると魅力的な面が多数見つかるのである。
そして、時折ちらりと顔をのぞかせる、そのような感情達や弱虫達を、私はとても愛おしいと思う。
川越ゆりえ
完璧な人間など存在しない。人は生まれてから死ぬまでの間、一度も過ちを犯さず、また「クリアで」「明るく」「穢れない」まま最期まで生ききることは不可能なのではないだろうか。
また、それを第一優先事項として生きていくことは恐らくあまりにもしんどく、苦しい。常に怯えながら日々を過ごすに等しい。
皆どこかに短所などの様々なネガティブとされる部分を抱えていたり、人には言えないような恥ずかしい過去や失敗の記憶も持っていると思う。この現代において、わずかでも他人にネガティブな部分を見付けると途端にその人の事を嫌ったり、拒否を示したりと、他人に完璧である事や欠点の無い人間性である事を求めすぎてしまう事態が来るのを私は非常に恐れている。心や記憶の中に、様々なネガティブとされる部分を抱えながらも懸命に前を向く事こそが「生きる」という事だと私は思っている。
私自身も決して「善い人間」ではない。またその事をずっとコンプレックスに思っていた。誰かしらの善い行いや、あるいはいかに優れた人格であるか等のエピソードを知っては「あんな風にはなれない」「私だったらあのような言動はまず出来ないだろう」と人知れず比較し、自分を責めて辛くなる事が多かった。
そこで、自身や他者の中に潜む、弱い部分や暗い部分を少しずつ受け入れられるようになりたいという願いを込めると共に、
自分自身を元気付け、未来へ歩むことや歳を重ねることに希望を持てるようになりたいと思いながら作品を制作している。
その為、私の作品の中に登場する、人間の感情や弱さを表現した「虫」たちはどれも美しく、愛らしい形で表現する事を心掛けている。
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川越ゆりえの制作は「人の感情を虫にしたら」と着想するところから始まる。
人ではないものを人間の姿に見立てる「擬人化」の手法とは逆の発想で、人間の感情を極めて個性的な虫の姿に呼応させるスタイルを確立した。そして《弱虫標本》(2013年)では、簡単には割り切れない複雑な感情というものを幻想性に富んだ虫の姿態に置き換えた上に、標本箱に分類して陳列して見せる様式の美しさも生み出している。三つのパネルで構成され、折りたたむことができるこの作品は、まるで三連の祭壇画のように見ることもできる。宗教儀式を行う祭壇に掲げられる多くの題材は人類の原罪と、その結果ともいえる人の世の苦しみ、情欲の乱れ、不条理な死、不毛な生である。《弱虫標本》の虫たちからは、現世に対する厭世観を風刺してみせるような真実味が感じられる。
《眠りゆく弱虫》(2015年)は、ひとつの絵巻物のように昇華する虫を連続して表現している。死体が朽ちていく九相図(ルビ:くそうず)のように、時間の経過とともに感情の虫が滅んで変貌していくのとは対照的に開花する花の、いわば三相図となっている。
新作《道化を宿す弱虫》(2017年)の標本スタイルには、おどけて媚を売る感情や、さらには、蛹にならないで、幼生の未成熟なままで大きくなるものも採集された。成熟した大人がいなくても成立している日本の共同体は特異で、ある意味、高度に成熟した社会だともいわれている。このまま進むと日本人は成熟どころか、退化、劣化してゆくだろう。人が成長する過程で、傷つき、悩み、もだえ苦しむ心の中の虫たちは、弱さを滑稽な仮面で隠し、いまや羽化もせずにこの世の中を通りすぎようとしている。
立松由美子
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(2017年 金沢21世紀美術館企画展 APERTO07 川越ゆりえ 「弱虫標本」より抜粋 企画展キュレーターは立松由美子氏)
Profile
以下敬称略
1987 富山県生まれ
2013 富山大学大学院芸術文化学研究科修了、修士(芸術文化学)
【主な個展】
2024 「YURIE PARK」(REIJINSHA GALLERY)
「川越ゆりえ展−心の虫たち−」(射水市新湊博物館企画)
「川越ゆりえの世界展」(okbase高円寺)
「アート・クリップ2024:川越ゆりえ YURIE PARK」(下山芸術の森発電所美術館企画)
「川越ゆりえ 作品展」 仙台藤崎百貨店
2023 「〜ともに生きる、彩る〜 川越ゆりえ 作品展」(水戸京成百貨店6階 アートギャラリー2)
2022 「しあわせな羽化」(小杉展示館)
「共生の向こう側」(ルンパルンパ)
「 〜心の中の仲間たち〜 川越ゆりえ 作品展」
(水戸京成百貨店6階 アートギャラリー2)
2021 「共に生き、彩る」(麗人社ギャラリー)
2020 「川越ゆりえ 個展」(阪神百貨店梅田本店9階 美術画廊)
2019 「隣の羽音 2019」(麗人社ギャラリー)
「BANAL EMOTION」(1010美術)
2017 APERTO 07 川越ゆりえ 弱虫標本 (金沢21世紀美術館企画)
「弱虫博物詩」ARTBOX152 (西田美術館)
2012 「レスポワール展 2012」(銀座スルガ台画廊)
【主なグループ展】
2019 「Ascending Art Annual Vol.3」うたう命、うねる心 (スパイラルガーデン主催:株式会社ワコールアートセンター)
JCC|在シンガポール日本国大使館にて作品展示
2013 ビエンナーレTOYAMA(旧名称太閤山ビエンナーレ)に毎回出品
【主な受賞】
2022 第3回タガワアートビエンナーレ
(福岡 田川市美術館主催) 優秀賞
2014 日本の絵画2014(銀座 永井画廊主催) 佳作賞
第88回国展 新人賞受賞 新準会員推挙 以降無鑑査
2019年まで国画会に在籍
2013 「GEIBUN4」卒業制作展 都築響一賞
2011 「GEIBUN2」卒業制作展 五十嵐太郎賞
第85回国展 奨励賞
シェル美術賞2011 入選
パブリックコレクションに、朝日印刷株式会社、
学校法人揖斐幼稚園などがある。
【主なワークショップ】
2024 はっけんとぼうけんプロジェクト「テーマ︰こころ・むし」YURIE KAWAGOE WORK SHOP IN IBI YOUCHIEN 2024 (学校法人揖斐幼稚園)にて講師を務める
射水市新湊博物館企画展に伴い、ワークショップ「心の虫を作ろう」の講師を務める
2022 第20回旧北陸道アートin小杉 PRESENTS 親子ワークショップ「心の虫を作ろう」にて講師を務める
2020 富山県美術館親子向けTADワークショップ「親子でつくろう!こころの虫とそのおうち」にて講師を務める
2018 はっけんとぼうけんプロジェクト「テーマ︰こころ・むし」YURIE KAWAGOE WORK SHOP IN IBI YOUCHIEN 2018 (学校法人揖斐幼稚園)にて講師を務める
【主なメディア】
2022 いみず ケーブルネットワークテレビ「THE COLORS~人生に彩りを~ 第7話 造形作家 川越ゆりえ」 に出演
2020 ビッグイシュ―日本版 8月15日号「表現する人」 掲載
2019 月刊美術9月号特集「ムシとアートの相似形(フラクタル)」掲載
NHK WORLD 「DESIGN TALKS plus」 Insects 出演
【商品化、コラボレーション】
2024 株式会社SO-TAより「川越ゆりえの世界」カプセルトイ、ボックストイ発売
株式会社チルドレンにおけるPCEAプロジェクトのマーク考案、ピンバッジ発売
2023 ゆる楽器「ハーモニーフラッグ」(石川毅)とコラボレーション作品制作